ピンクのお部屋

ピンクのお部屋 お暇な時間に ど・う・ぞ!

星野源の実家の閉店したジャズ喫茶「Signal」の場所はどこ?両親は逃げ恥でゆっくり!

time 2017/01/06

Pocket

こんにちは、ありんこです。

「逃げるは恥だが役に立つ」で大人気となった星野源さんの実家はジャズ喫茶でしたが、星野さんの人気が高まると同時に聖地となり、巡礼者がたくさん来て忙しくなりすぎてついに閉店したそうです。

星野さんの実家のジャズ喫茶の場所はどこなんだろう?

気になったので調べてみました。

スポンサードリンク

星野源さんの実家

埼玉県蕨市で「Signal」シグナルというジャズ喫茶でした。

京浜東北線蕨(わらび)駅西口から徒歩で5分ほど行くとコンクリート打ちっぱなしのお洒落な住宅の1階で経営していました。

こんなお店でした。

signal

星野さんのご両親は、父親がジャズピアニスト、母親がジャズの歌手を目指していたそうです。

星野さんのおじいさんは、八百屋さんを経営していたのですが、星野さんの父親はそれをやめて、大好きだったジャズ喫茶を始めました。

ジャズは夫婦共通の趣味です。

ジャズ喫茶は、1950年代から人気が出始め、1960年代が一番ピークでした。

店内は薄暗く、ジャズを聴きながら珈琲を飲むという大人な空間でした。

星野さんの父親はジャズが好きだったことから大量のレコードを持っていたそうです。

「Signal」と言う名前は、星野さんの父親が大好きなレコード会社の名前だそうです。

隠れ家的なお店とネット上でも評判だったのですが、星野さんの人気とともに隠れ家ではなくなっていきました。

スポンサードリンク

Signalの場所

住所 埼玉県蕨市中央2丁目5−2

常連のお客さんの話

「豆が10種類くらいあって、本格的なコーヒーが楽しめ、マスターの手作りピッツァも絶品。ジャズのレコードコレクションは数千枚はあって、3つの大きなスピーカーからすごくいい音を出していました」

 

「15年に源くんが紅白歌合戦に出場してからです。それまではジャズ好き、コーヒー好きがゆったり寛げる場所で、昼間は常連客が2、3人、夕方をすぎると数人という客数だったのが、源ファンの20代の女性が席をほぼ埋め尽くすようになってしまった。店の周囲を360度回って
写真を撮っていく人も増えましたね」

 

「マスターの口から息子の名前が出たのは、12年に源くんがくも膜下出血で入院したときだけ。2、3年前の正月、源くんが店のカウンターに座って
コーヒーを飲んでいるのを見たことはありますが、店で源くんの曲を流すのを聴いたことはない。夫婦の“神聖な店”を息子と結びつけて
とらえられるのが、嫌だったのではないでしょうか」

逃げるは恥だが役に立つ

回を増すごとに人気と視聴率が上がり、恋ダンスも流行りました。

「逃げるは恥だが役に立つ」のまとめ記事は以下をご覧下さい。

「逃げるは恥だが役に立つ」のまとめ

「逃げ恥」の初回放送が2016年10月11日でした。

「signal」が閉店したのは、2016年10月22日でした。

〈10月22日を持ちまして閉店致しました/長らくのご愛顧/ありがとうございました/Signal店主〉

逃げ恥の放送が2回終わった後ぐらいですね。

近所の常連客が、道で星野さんの父親にあったそうです。

その時に

「とにかく忙しくて、疲れてしまったので、閉めることにしました。身体がついていけないので。これからはのんびりしようと思います」

と言っていたそうです。

星野源さんの聖地となってしまった「signal」は、巡礼者でいっぱいだったそうです。

星野さんのご両親は、「逃げるは恥」だが、「ゆっくり」を選んだみたいですね。

まとめ

星野さんの実家のジャズ喫茶「Signal」について調べてみました。

星野さんの人気とともに、聖地と化した「Signal」に、巡礼者が大量に訪れ、大好きなジャズ喫茶でのんびり仕事を楽しんでいたご両親のお店は、忙しすぎて閉店してしまいました。

残念ではありますが、これからはゆっくり老後を過ごしてください。

スポンサードリンク

down

コメントする